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徳川家康の歴史・年表

徳川家康は天下統一した人として知られていますが、その歴史はどんなものだったのでしょうか?織田信長や豊臣秀吉とも関係のあった徳川家康の歴史と一生を探ってみましょう。

徳川家康の歴史・年表

徳川家康のやったことを略年表でまとめてみました。

  • 1542年 生誕
  • 1560年 桶狭間の戦い
  • 1562年 清洲城を訪問。織田信長と同盟結ぶ。
  • 1570年 姉川の戦い
  • 1572年 三方ヶ原の戦い
  • 1575年 長篠の戦い
  • (1582年 本能寺の変)
  • 小牧・長久手の戦い
  • 大坂城で、豊臣秀吉に臣従
  • 1600年 関ヶ原の戦い
  • 1603年 右大臣。征夷大将軍宣下・源氏長者宣下。同年に右大臣辞任 
  • 1605年 征夷大将軍辞職・源氏長者は留任
  • 1614年 大坂冬の陣
  • 1615年 禁中並公家諸法度制定
  • 1615年 武家諸法度制定
  • 1615年 大坂夏の陣
  • 1616年 太政大臣   
  • 1616年 薨去

徳川家康と言えば関ヶ原の戦い。家康の一生を大きく決め、天下統一の最後の決め手とも言える戦いです。関ヶ原の戦いによって、豊臣秀頼(豊臣秀吉の息子)、淀殿は、領地の没収こそ無いものの、全国の大名に預けた領地がなくなり、1大名となりました。

関が原の戦いの後、徳川家康は江戸幕府を開くために、徳川氏の家系図の改姓も行ないました。将軍になれるのは清和源氏でなければならないという決まりもありました。そこで家康は、家臣に命じて徳川氏の系図を源氏の源義家に通じるように整備させたのです。こうして子孫により何百年と続く江戸時代がはじまりました。